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京都守護職の年表(3)


文久3(1863)年 <容保29歳>

(京都守護職拝命:文久2年)戻る (京都守護職時代:元治元年)

1月
1/2:容保、初参内し、御衣を下賜される(★) ◆1/2:【京】/長州藩主父子の帰国奏請/
◆1/3:【京】長州藩世子毛利定広参内。攘夷周旋の功で御衣を与えられる。
◆1/5: 【京】将軍後見職一橋慶喜入京
◆1/7:【江】幕府、浪士取扱役松平主税助に浪士募集を命ずる
◆1/8(:【坂】老中格小笠原長行、勝海舟らとともに着坂。
◆1/11:【京】長州藩久坂玄瑞ら攘夷期限決定のため慶喜に面会を求める。
◆1/13:【京】慶喜、学習院で激派公卿と対峙
◆1/15:大久保利通・中根靱負入京
◆1/16:【江】近藤勇これ以前に、浪士募集に応じることを決める&横浜攘夷の機会を待つ篠原らのちの衛士たち)
◆1/20【京】近衛忠煕・鷹司輔熙、将軍上洛延期発令の見合わせを決定
◆1/22:【京】池内大学「天誅」事件/
◆1/23:【京】公武合体派近衛忠煕、関白辞表(内覧は継続)。鷹司輔熙新関白に。
◆1/24:【京】池内「天誅」事件(2)。鷹司関白・近衛前関白・中川宮(青蓮院宮)・中山・正親町三条大納言に脅迫状。
◆1/25:【京】前土佐藩主山内容堂、入京
◆1/27:【京】朝廷、公武合体派議奏中山忠能・正親町三条実愛の辞職を許可する。翠紅館の尊攘派会合
◆1/28:【京】千種有文の家臣賀川肇「天誅」事件(1)
◆1/29:【京】朝廷、中川宮(当時青蓮院宮)に還俗の内旨/浪士対策(2)国事御用掛、諸藩に浪士の攘夷先鋒を諮問/政事総裁職松平春嶽着坂。
1.4:新年を賀して鮮魚を御所に献上(七)。
1.7:公用方設置(鞅掌録)。
1.9:容保、三条実美を訪問(鞅)
1.13:容保、正親町三条実愛を介して青蓮院宮に閲す(鞅、七)
1.15:容保参内し、天皇に短刀一口、金百両を献上(七)。
1.21:天皇・皇親王らより年礼の使いが黒谷に。容保、後見職一橋慶喜に言路洞開を提案するが容れられず(七)。(★)
日付不明:土佐藩平井収二郎、容保を訪問し、名分を説く。帰り際、外島に在江戸の山内容堂が異論をもっているので同志300人と死を以て諌めることを考えていると延べる(「鞅掌録」『藩』3p379)(関連)
1.28−容保、風邪のため病床に。将軍上洛を促す使者(外島機兵衛ら)を江戸に送り、慶喜にも適切な処置を請う(七)。(★) 
2月
2.1−容保、病床。慶喜に言路洞開を促す書簡を出す(七)。 ◆2/1:【京】賀川「天誅」事件(2)千種・岩倉に賀川の手と脅迫状、慶喜の宿舎に賀川の首と攘夷期限決定を迫る封書。朝廷、諸藩に浪士取締の沙汰。
◆2/3:【江】生麦事件償金(2)英国艦隊、横浜に入港
◆2/4(3.22):【京】春嶽入京
◆2/5:【京】攘夷期限(2)慶喜、将軍上洛の上の攘夷期限決定を鷹司関白約束
◆2/6:【京】容堂の宿舎に唐橋村惣助の首と攘夷を促す書/【長】長州藩士長井雅楽切腹/
◆◇2/8:【京】攘夷期限(3)激派公卿、関白らに朝議が因循しないようにとの上書/浪士対策(9)慶喜・容堂・岡部長常・沢勘七郎・武田耕雲斎、浪士対策を協議/【江】浪士組江戸出立し、中山道により上洛へ 
◆2/9:【江】生麦事件償金(3)幕府、将軍は13日に東海道により上洛と公布
◆2/10:【京】攘夷期限(5)将軍上洛前に攘夷期限の内奏をするようにとの沙汰
◆2/11(3.29):【京】攘夷期限(6)久坂玄瑞・寺島忠三郎・轟武兵衛、鷹司関白に1)言路洞開、2)人材登用、3)攘夷期限決定の三策を迫る・公卿の関白列参/天皇、請願を勅許/後見職慶喜、朝廷に4月中旬の攘夷期限を約束/
◆2/12(3.30):【京】攘夷期限(7)朝廷、将軍滞京を10日とする沙汰
◆2/13(3.31):【京】国事参政・国事寄人設置/九条尚忠・久我建通・岩倉具視・千種有文・富小路敬直、重慎に/【江】将軍、東海道により上洛
◆2/15(4.2):【京】浪士対策(15)春嶽、浪士処遇意見の内奏のため、中川宮を頼る/中川宮(青蓮院宮)、浪士の影響により、朝廷の幕府に対する嫌疑が強いことを伝える
◆2/16 (4.3):【京】攘夷親征(1)長州久坂玄瑞・土佐平井収二郎ら、攘夷親征の行幸を議論/【江】水戸藩主徳川慶篤、江戸出立
◆2/18 (4.5):【京】在京諸大名21名に攘夷の勅諚が示される
◆2/19 (4.6):生麦賠償問題(4)英国代理公使ニール、謝罪と償金の返答を要求。返答期限は3/8
◆2/20 (4.7):【京】攘夷親征(2)長州藩、攘夷祈願の加茂両社・泉涌寺行幸を建議/浪士対策(19)朝廷、学習院における草莽の建言を許す/
◆2/23 (4.10):【京】生麦賠償(5)上京中の老中、返答期限延期交渉を指示/親兵設置(1)朝廷、親兵設置を議論/浪士組上京(3)浪士組入京。清河八郎、朝廷(学習院)への建白を提案
◆◇2/24 (4.11):【京】生麦賠償(6)慶喜・春嶽ら、将軍帰府の上での返答&英国への期限延期申入れを議定/幕府、薩摩藩に英国の要求に対する心得を達す/浪士組上京(3)清河八郎、朝廷に尊王攘夷の建白書提出
◆2/25(4.12):【京】生麦賠償(7)薩摩藩吉井幸輔・藤井良節、京都を出発
◆2/26 (4.13):【京】生麦賠償(8)慶喜・慶勝・春嶽ら、開戦の覚悟を定めること、江戸守衛のため水戸藩主慶篤に帰府を命じること、諸侯帰国の暇を出すことを鷹司関白に請う/
◆2/27 (4.14):【京】生麦賠償(9)朝廷、和宮守護のための水戸藩主東帰を命じる。諸侯帰国暇の朝命・天皇への直接奏上は叶わず。/親兵設置(2)幕府、親兵設置の諸侯諮問を決定・朝廷、親兵設置を発令/大原重徳、(薩長融和のための)勅書改竄の罪で辞官・落飾・蟄居に
◆◇2/28(4.15):【京】攘夷親征(3)&親兵(3)長州藩、石清水行幸(親征)及び親兵貢献を建議/生麦賠償(9)幕府、在京諸侯に帰国の達し
◆◇2/29 (4.16):【京】生麦賠償(10)水戸藩、東帰の議論・桂小五郎の使者伊藤博文(俊輔)、上京を促す/浪士組東帰(1)浪士組へ、攘夷切迫のため、意見を述べるようにとの達し
◇2/30 (4.17):【京】春嶽辞任(1)、総裁職辞職を内決/浪士組東帰(2)東帰・攘夷を命じるようにと学習院に上書を提出
◆2/3(3.21):【京】容保、慶喜から言路洞開の承諾を得る
2.4−容保、前関白の近衛忠照に言路洞開を建白(七)。(★)
2.5−容保、総裁職松平春嶽に浪士を水戸藩執政武田耕雲斎に附属させ、集めて攘夷の先鋒とすることを提案(再)。(★)
◆2/6(3.24):【京】春嶽、容保の浪士対策に異見があると伝える

◆2/7(3.25):【京】浪士対策(8)春嶽、浪士を制するために朝議を固めるよう促す鷹司関白宛ての建白を起草/この頃、平井収二郎、会津藩訪問/容保、関白鷹司邸に参内。浪士取締りの決意を述べる。
◆2/9(3.27):【京】j攘夷期限(4)激派公卿12名の関白鷹司邸列参/慶喜、将軍帰府後の攘夷を約束/浪士対策(10)慶喜・容堂・容保・岡部長常・杉浦正一郎・沢勘七郎ら、浪士対策を協議/(七)。
この頃?-肥後藩の轟武兵衛・中島永吉、野村左兵衛・小室金吾・伊東図書・田淵房之進・荒井良助・大野英馬・柴太一郎・広沢安任(広沢富次郎)らを訪ね、容保が慶喜の攘夷実行の意思を確認するよう迫る。(七)
◆2/10:【京】浪士対策(10)春嶽、鷹司関白に浪士対策を確定するようにとの建白書を提出
2.11−久坂玄瑞・轟武兵衛ら尊攘激派の関白邸推参。攘夷期限設定の勅使慶喜本陣へ。容保・春嶽・容堂、慶喜の本陣に招かれ、勅使と議論(再)。慶喜、攘夷期限約束。容保、藩士に夜間巡邏を開始させ、法を犯すものは捕縛、抵抗する者は斬殺も可と命令(七)。(★)
◆2/12(3.30):【京】浪士対策:中川宮(青蓮院宮)、関白と参内。天皇に公卿の激論・浪士の横暴を密奏/
◆2/13(3.31):【京】肥後藩士森井惣四郎、会津藩公用人に警告/浪士対策:春嶽、慶喜・容保・容堂・宗城らを招いて浪士対策を密議。/
◆2/14 (1863.4.1):【京】浪士対策:慶喜・春嶽・容保・容堂・宗城、浪士のうち主のある者は国に帰し、主のない者は幕府が扶助すると決定(&浪士捕縛をめぐる春嶽と容保の対立)/国事参政・寄人13名、在京諸大名の招集及び言路洞開を建言
◆2/15(4.2):【京】浪士対策:慶喜本陣で慶喜・春嶽・容保・容堂、浪士処分を議論/春嶽、浪士処遇意見の内奏のため、中川宮を頼る/中川宮(青蓮院宮)、浪士の影響により、朝廷の幕府に対する嫌疑が強いことを伝える
2.16−容保、慶喜・春嶽・容堂と連署して攘夷期限を示す書面を朝廷に提出(七)。容保に浪士取締りの朝命下る、関白邸に赴き浪士処置委任を請う(藩、七)。(★)
2.17−鷹司関白、容保に浪士取締に関する内書を下す、容保関白邸に赴き謝す(藩、七)。慶喜邸で浪士処分に関する春嶽への関白書簡の返書について議論(続)。容保、慶喜・春嶽・容堂と将軍の官位降等問題を論議(七)。(★)
2.18-容保、慶喜・春嶽・容堂
2/19-−容保、所司代邸で慶喜・春嶽・容堂らと「政令帰一」について議論(続)。朝命により藩兵をもって学習院警戒。(七)
2/20-−容保、慶喜・春嶽・容堂とともに鷹司関白邸に推参。鷹司関白、将軍上洛時には庶政委任の沙汰あるべきと慶喜・春嶽・容保・容堂に告げる(続)。
2/21-−容保、上の3名と近衛前関白邸に推参。関白・中川宮来会。政令帰一(庶政委任)について会議。(続)
2.22−容保、春嶽・宗城と慶喜本陣に(続)。夜、足利将軍木像鳩首事件(藩士大庭恭平も一味)(★)
2.25−会津藩士大庭恭平、容保に密告。犯人捕縛を決意 (七)。 (★)
2.26−容保、慶喜・春嶽・慶勝・宗城とともに登城。生麦事件に関わる英国人応接経緯の奏上について会議(続)。足利木像鳩首事件に対して会津藩、強硬策をとり、慶喜・春嶽の同意を得て犯人捕縛−守護職の浪士対策の転換−、(七)。(★)
2.27−容保、慶喜・春嶽・容堂らとともに登城(続)。容保、浪士に心得違いせぬよう触書&浪士を攘夷先鋒として指揮下にと朝廷に建言(★)
3月
◆3/1 (4.18):【京】木像鳩首事件(4)長州藩世子、犯人の赦免を願出る。中川宮、容保を批判 ◆◇3/1 (4.18):【京】幕府、浪士組東帰を決定/親兵設置(2)間崎哲馬、清河に尽力を感謝/長州・伊藤俊輔(博文)、土佐・吉村寅太郎、清河に親兵周旋を依頼
◆3/2(4.19):【京】攘夷親征(4)賀茂行幸に将軍随従の達し/
◆◇3/3 (4.20):【京】政令帰一(4)春嶽、将軍家茂に辞任を勧告/鷹司関白より、鵜殿鳩翁へ攘夷のための浪士組東帰を命じる達文
◆3/4 (4.21):【江】生麦賠償(11)幕府、関八州の大名・旗本に開戦の覚悟を命じる
◆3/5 (4.22):【京】政令帰一(6)後見職一橋慶喜、将軍名代として大政委任の勅書獲得
◆◇3/7 (4.24):【京】政令帰一(7)将軍家茂、参内。勅書が下賜される(ことがらによっては諸藩へ御沙汰あり)/【京】浪士組東帰(5)高橋泥舟、浪士取扱を命ぜられる
◆◇3/8 (4.25):【京】将軍東帰(1)慶喜、将軍滞京と水戸藩主東帰請/浪士組東帰(6)東帰が順延される/浪士取扱鵜殿・高橋、残留希望浪士の滞京を認める
◆◇3/9 (4.26):【京】春嶽辞任(2)総裁職辞表提出/浪士組東帰(7)幕府、浪士組全員の東帰を決定/浪士組の東帰再度順延/間崎哲馬、清河の訪問を請う
◆3/11 (4.28):【京】攘夷親征(4)賀茂行幸/将軍東帰(2)将軍の滞京延期&後見職あるいは総裁職帰府の沙汰
◆◇3/12 (4.29):【京】将軍東帰(3)朝廷、後見職・総裁職いずれかの帰府を催促/春嶽辞任(4)慶喜、春嶽に留任を勧告&生麦事件交渉を依頼/島津久光上京(1)薩摩藩高崎猪太郎、越前藩邸訪問/
◆◇3/13(4.30):【京】春嶽辞任(5)生麦事件周旋を断る/浪士組東帰(10)東帰浪士、江戸に向けて出立、
◆3/14(5.1):【京】薩摩藩国父・島津久光入京、14か条の建議/親兵(5)幕府に親兵設置督促・江戸防衛のため政事総裁職松平春嶽帰府・水戸藩主徳川慶篤滞京の朝命
◆3/15(5.2):【京】政令帰一(8)春嶽、大政奉還を老中に説く/将軍東帰(4)外国奉行並柴田貞太郎、将軍帰府を促す/長州藩世子毛利定広、高杉晋作に10年の暇を言い渡す
◆3/17(5.4):毛利定広、退京して兵庫へ。朝廷に帰国を請願
◆3/18(5.5):/久光退京/石清水行幸の沙汰
◆3/20(5.7):【京】生麦賠償(13)慶喜、償金支払の沙汰書を求める/激派公卿中山忠光、京都を出奔
◆3/21(5.8):【京】春嶽,総裁職辞任届け捨てのまま離京
◆3/24(5.11):【京】生麦賠償(16)慶篤参内。将軍目代として攘夷を成功させるようにとの沙汰/慶喜、大場一真斎に無謀の攘夷はせぬよう達す/老中格小笠原長行、東帰のため退京。/朝廷、長州藩世子定広に帰国を許可
◆◇3/25(5.12):【京】生麦賠償(17)将軍目代水戸藩主徳川慶篤、江戸に向うため退京/
◆3/26(5.13):【京】幕府、春嶽の総裁職罷免・逼塞処分/山内容堂、退京
◆3/27(5.14):【京】将軍に供奉の沙汰//伊達宗城、退京
◆3/28(5.15):【江】浪士組、江戸に到着
◆3/30(5.17):【京】幕府、長州藩の兵庫守衛を免除&諸藩の京都警衛場所を定める
◆3/2(4.19):【京】浪士対策(20)中川宮、江州参集の浪士を鵜殿鳩翁に鎮静させよとの内旨
◆◇3/3 (4.20):【京】浪士対策(21)朝廷より江州浪士鎮静は穏健にとの達文/
◆3/4 (4.21):【京】将軍徳川家茂入京・容保、二条城に将軍を出迎える。将軍、容保に時服を下賜/二条城で政令帰一の会議/木像鳩首事件(5)朝廷、犯人の赦免を命じる
◆3/5 (4.22):【京】慶喜、将軍名代として大政委任の勅書獲得/木像鳩首事件(6)慶喜、犯人処分委任を請う/
◆3/6 (4.23):【京】会津藩士、学習院におしかけ浪士釈放に抗議。容保は外島を遣して退かせる。夜、彼らの志を賞し、酒饌を与える
◆◇3/7 (4.24):【京】将軍家茂、参内。勅書が下賜される(ことがらによっては諸藩へ御沙汰あり)/、容保、先に御所に入って将軍を迎える(七)。
◆3/10 (4.27):【京】容保、浪士差配を命ぜられる/芹沢鴨・近藤勇ら残留希望浪士17名、会津藩に嘆願書提出
3.11−賀茂行幸(容保喪中にて随行せず)(詳しく)
◆3/12 (4.29):【京】残留浪士組、会津藩お預りが聞き届けられる?/残留浪士組、近藤・芹沢らの清河暗殺計画?
◆3/13(4.30):【京】浪士藤本鉄石ら、容保と面談。
3.15−残留浪士、守護職預りに。アポなしで守護職訪問(藩)。(詳しく)

◆3/16(5.3):【京】幕府、将軍の21日出立を内決(容保は反対)/容保、近藤らを謁見。「奸物誅戮」の内意/
◆3/17(5.4):【京】将軍東帰(6)幕府の将軍東帰奏請/容保、将軍滞京の意見書を大目付岡部長常に/
◆3/18(5.5):【京】将軍東帰(7)将軍東帰抑留&大坂で生麦事件交渉の沙汰/親兵(6)設置の幕命会津藩は一藩をもって親兵につき藩兵さしだし免除。
◆3/19(5.6):【京】将軍東帰(8)孝明天皇の親勅により、東帰中止。戦争は好まずとの直喩。また、摂海攘夷指揮の勅は偽勅と判明/容保、東帰再奏請に参内する将軍に慶喜らとともに供奉。家老横山を老中格小笠原の下に遣わし、将軍東帰反対の上書を渡す(七)。
◆3/21(5.8):【京】将軍東帰(9)慶喜&老中、将軍東帰の再願/春
◆◇3/22(5.9):【京】将軍東帰(10)将軍滞京の三度目の勅&将軍東帰を中止/会津藩・水戸藩・尾張藩、将軍東帰を極諌/◆◇3/22(5.9):【京】長州藩、摂海戦守御備12か条提出/水戸藩に東帰・攘夷戦争指揮の朝命/ 芹沢・近藤ら残留浪士、老中板倉勝静に将軍滞京の直訴(&諸藩の東帰・償金支払のスタンスの表)
◆3/23(5.10):【京】生麦賠償(15)幕府、水戸藩に東帰・外国処置委任を達し、家老大場一真斎に慶篤に随従して帰府し、江戸警衛に当るよう命じる/容保、老中に、水戸藩に全権委任するようにとの意見書を提出
3.25−会津藩士、壬生の残留浪士と壬生狂言見物・殿内暗殺。 (詳しく)
3.28−所司代、容保に石清水行幸決定を報せる(七)
◆3/29(5.16):【京】容保、八幡・山崎に関門修築の意見書を提出/幕府、清水家附420名を守護職配下に。


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4月
◆4/1(5.18):【京】会津藩公用方大野英馬、高松保実に朝廷内情の報知を依頼 ◆4/2(5.19):【慶喜、中川宮に石清水行幸を諌止/残留浪士、大阪豪商で押借り?
◆4/3(5.20):【京】諸大名の参勤は京都・江戸折半にするようにとの朝旨/長州藩世子毛利定広、帰国の挨拶に二条城に。将軍家茂に摂海防禦指揮を進言し、対馬防禦のための軍艦兵器の貸付を求める/
◇4/4(5.21):【京】残留浪士、精忠浪士と記される(新選組の「誠忠」は?&伊東」の号「誠斎」)
◆4/5(5.22):【京】慶喜、鷹司関白に石清水行幸を諌止
◆4/6(5.23):【京】長州藩、石清水行幸中止に反対/石清水行幸時の心得が発表される
◆◇4/7(5.24):【京】定広、参内。帰国の勅/
◆◇4/10(5.27):【京】孝明天皇、行幸延期を希望するが容れられず/将軍家茂、発熱を理由に供奉辞退/残留浪士芹沢と土方らの志の差が問題化/【長】高杉晋作(東行)、京都から萩に到着。松本に隠棲。
◆4/11(5.28)【京】:水戸藩主徳川慶篤、江戸到着
◆4/13(5.30):【江】江戸で清河八郎暗殺 
◆4/16(6.2):【京】長州藩、時務策を朝廷に建言【長】藩主敬親、山口に移る
◆4/19(6.5):【京】将軍東帰(12)慶喜、攘夷期限を5月10日と内定
◆4/20(6.6):【京】将軍東帰(13)&攘夷期限()幕府、攘夷(拒絶)期限5月10日と布告/朝廷、定広に明21/帰国の沙汰
◆◇4/21(6.7):【京】長州藩世子毛利定広帰国/【江】生麦事件償金支払決定
◆4/22(6.8):【京】/孝明天皇、中川宮に薩摩を上京させよとの密勅/
◆4/25(6.11):【京】激派公卿姉小路公知、大坂湾巡視。開国説へ/
◆◇4/2(5.19):【京】将軍参内。容保、慶喜・老中らと随従。中川宮、容保に将軍警護の必要を告げる
◆4/3(5.20):【京】三条実美、京都御守衛御用掛就任/幕府、同年の京都守衛諸侯及び警衛担当時期を通達/
◆4/9(5.26):【京】二条城に石清水行幸に変事を示唆する張り紙/容保、将軍供奉とりやめを諌止/清河ら、偽浪士を捕縛。鳩首。また、野村左兵衛を慶勝に遣わし、相談する(七)。
◆4/11(5.28)【京】:石清水行幸将軍「病」のため供奉せず)。夜半に皇親王誘拐の飛語あり、会津藩非常の警戒に就く(七)。容保、慶喜を批判する(守)
4.16−容保、浪士組の試合を上覧。(詳しく)
4.17−容保、藩士の発見した将軍誹謗の落書を二条城の老中に提出(七)。浪士組近藤の「天狗」が「水会利一存んの意図に」なりかねないと記される (詳しく)
◆4/18(6.4):【京】将軍東帰(11)&生麦賠償(20)幕府、将軍退京&攘夷のための後見職慶喜東帰を奏請 容保反対する(七)。(詳しく)
4.21−将軍下坂。容保の実兄尾張藩徳川慶勝、将軍輔翼に任命される(七)。公用局・広沢、壬生浪士を引率して将軍警衛。(詳しく)
◆4/22(6.8):【京】慶喜、破約攘夷実行のため江戸へむけて出立(会津藩の反対聞き入れられず)
4.23−容保、登城の帰途、二条右大臣別邸で遊興(七)。
4.25−秋月悌次郎、幕府御側御用取次村松出羽守に将軍滞京を主張。(七)(詳しく)
◆4/26(6.12):【京】容保の説得で徳川慶勝将軍輔翼就任
◆4/28(6.14):【京】会津藩、近衛前関白の依頼により、朝倉幸之助捕縛に加勢。孝明天皇、激怒し、関白・議奏伝奏の参内を停止。
5月
5.1−容保、馬上にて八幡山崎砲台修築現場を視察(七)。
5.7−幕府、守護職の役料として年二万俵を渡すことを決定(七)。
5.14−御所隣地の火事。容保、自ら兵を率いて御所警備にあたる(七)。
5.20−朔平門外の変(姉小路公知暗殺)。容保、御所九門全門警備担当を朝廷に申し出。(詳しく)
5.21−朝廷、御所九門警備を諸藩に命ずるが会津藩は除外。 朝命により、会津藩士、薩人田中新兵衛逮捕 (詳しく)
5.22−容保、再び御所警備担当を朝廷に嘆願。水戸藩にかわり蛤門警備を命ぜられる(守)。*「松」によれば、21日に蛤門・唐門警備を命ぜられる。
5.25日−容保、朝命により藩兵を出し、姉小路暗殺犯として田中新兵衛を捕縛させるが、田中預りは辞す(七)。(詳しく)
5.27−容保、微熱。朝廷より姉小路殺害糾問を命ぜられるが、町奉行の任務として辞す。朝廷、内講六門のうち唐門、清所門、准后門警備を守護職と所司代に命ず(詳しく)
5.29−容保、病床。幕府、容保に二万両の貸付を伝える。孝明天皇が前関白に与えた内書を慶勝から示され、容保感泣(七)。
5.30−幕府、将軍東帰を決定して後事を容保に託す内命を下す。家老横山主税ら連署して、老中にその不可を陳述。老中小笠原率兵上陸。
6月
6.2−朝廷、容保を召して小笠原率兵上洛阻止を命ず(詳しく
6.3−将軍参内し、東帰・攘夷の勅を得る。容保東帰を止めるが容れられず。容保、使者を送って小笠原上洛断念を説得させる。(詳しく)。
6.9−将軍退京&下坂。将軍容保に佩刀下賜。老中容保に残事務を委任。会津藩、在京幕府最高責任者に。(詳しく)。
?−容保、小野・松坂を大坂に派遣し、東帰を諌止させる。
6.11-所司代、淀藩主稲葉に
6.13−将軍大坂城を出て海路江戸へ。船上の老中、東帰反対の小野・松坂に書を与える。容保、小笠原率兵上洛調書を鷹司関白に報告。(詳しく)
6.14-老中、船中にて容保宛書簡を認める
6.17-容保・慶勝、相談し攘夷布告を促す建議
6.18−関白鷹司が容保に「東下&攘夷の叡慮」の勅命
6.21-尾張慶勝帰国。在京幕府の重職容保のみに(守護職の孤立)(詳しく)
6.22-会津藩、幕府に種々の要請。中川宮家臣捕縛の朝廷内命を拒絶。
6.23−足利木像鳩首事件犯人の処分決まる。大庭は遠島。
6.25−尊攘激派による容保東下運動。関白鷹司、容保に「東下&攘夷の叡慮伝達」の勅命(偽勅)を伝達。容保、家臣と相談の上辞退の上奏。(詳しく)
6.26−容保、家臣に公卿を説得させる(野村を三条実美、小野・小室を鷹司関白、大野を徳大寺、広沢を豊岡、秋月を長谷に派遣)
6.27−前関白近衛、公用人大野を召して守護職容保に東下を望まない密勅を伝達。容保東下の「勅命」を辞する。(詳しく)
6.28−容保に代わって東下する小栗、長州に会津を除く計画があるので注意するよう助言(七)
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7月
7.1−天皇、及び親王から残暑見舞いとして生鯛を容保に(七)。
7.2−老中、容保に慶喜の後見職辞表を朝廷が裁可せぬよう斡旋依頼(七)。(詳しく)。
7.8−幕府使者牧野鋼太郎到着。攘夷期限委任の将軍上奏書を朝廷に提出するよう老中の指示を伝える。容保、提出を留保する。
7.16−牧野東帰。容保、老中へ将軍上奏書留保の親書を託し、家臣野村を同行させて老中に説明させる。また、慶喜上洛による攘夷委任の奏請を老中に建議 (詳しく)
7.21−二条右大臣、会津候用人を呼び出し、出向いた大野と内談。所司代以下に非常時は守護職の指示に入るようにとの幕命。(詳しく)
7.24−朝廷、因幡藩の嫌疑により、会津藩に28日の天覧馬揃えを命令。(詳しく)
7.26−容保、馬揃えの計画・規則を家老山崎を通じて諸隊に伝達。
7.28−馬揃え、雨天順延。町奉行播磨、公用方広沢と内談。
7.30−雨中、会津藩の天覧馬揃え
8月
8.1−大阪城代、上京延引を容保を通して奏上。 8.12−壬生浪士、大和屋焼き討ち事件
8.2−孝明天皇、会津に深く頼もしく思う内旨を口達させる
8.5−会津藩ら五藩の天覧馬揃え
8.13−「攘夷親征」の詔公布詳しく)
8.16−孝明天皇、中川宮に会津に処理させよとの密旨。(詳しく)
8.18−禁門の政変詳しく)
8.19−七卿都落ち、朝廷、会桑・諸大名に攘夷督促の令(詳しく
8.21−会・桑・壬生浪士、桂小五郎追放に出動(詳しく)
8.24−将軍、容保に差料下賜。(詳しく
8.26−天皇、容保ら在京諸大名の召集。「18日以降の勅が真」と伝宣。(詳しく)朝廷、会津藩その外20余藩に一万両下賜。
8.27−守護職より市民安堵の町触れ(詳しく)
8.28−容保、洛内外警備強化の朝命を諸藩に通知(家)
8.29−幕府、容保の領地増加(詳しく
8.30−守護職に天誅組追討の達し(詳しく)
9月
9.1−容保・攘夷別勅使に随行の命/郡山藩、会藩士を間者と誤り殺害 9.2−朝廷、堂上へ武家との交際禁止の回達
9.5−親兵解散/朝廷、十津川郷士に天誅組追討令
9.3-老中水野忠精、江戸留守居役を呼び出し、将軍手許金・金5万両下賜を伝える。3万両交付。残りの2万両は追って交付するので勘定奉行と打ち合わせるようにと。
9.4−朝廷、守護職に天誅組追討督促(七)。容保、朝命を紀伊・津・彦根藩に通知。(家)
9.7−容保、攘夷別勅使を辞退(家)。
9.18−新選組局長芹沢鴨暗殺(容保の指示という説あり)(詳しく)
9.23−会津公用方、近藤勇の東帰要請を断る (詳しく)
9.25−酒井雅楽頭、鎖港談判に関する幕府の書簡を容保に (詳しく)
9.26−幕府、容保に小倉藩処分、及び無二念打払い勅諚取り消しに関する朝廷周旋を依頼/新選組、長州の間者を殺害 (詳しく)
9.27−容保、横浜鎖港談判開始に関する後見職慶喜・老中の上奏書を奏上 (詳しく)
9.28−松平容保に対し、在京潜伏長州藩士取締の勅命 (詳しく)
9.29−江戸老中、横浜鎖港談判困難を容保に報せる (詳しく)
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10月
10.1−伝奏、容保に浪士取締の命を幕府親藩に伝えさせる(外様へは朝廷が直接布告)
(詳しく)
10.2−幕府、会津藩に金5万両を下賜/薩摩藩父島津久光(公武合体派)入京 (詳しく)
10.5−久光、容保に8.18政変事の協力を謝す(家)
10.9−孝明天皇より松平容保に秘密の内賀詳しく)
10.10−将軍家茂に上京の勅命/前尾張藩主(容保兄)徳川慶勝帰国。(詳しく)
10.11−容保参内。(家) 生野の乱。容保、近隣諸藩に追討を命ず。
10.13−容保、老中に使者を送り、京都の事情を述べさせる(家)
10.15−新選組、禄位辞退の上書を会津藩公用方に提出 (詳しく)。老中水野忠精、江戸留守居役を呼び出し、陸奥国会津大沼預5万石を守護職在任中は私領同様に、委細は勘定奉行と打ち合わせるようにとの台命を伝える(家)。
10.20−守護職松平容保に対し、非常の際の事前許可なし参内認められる。 (詳しく)
10.26−軍艦奉行並勝麟太郎、松平容保に拝謁/一橋慶喜、軍艦操練所から海路上洛の途に (詳しく)
10.27−守護職容保批判の張り紙 (詳しく)
11月
11.1−老中連署して勅書奉戴を伝奏に送り、容保に書状を付与/容保、幕府目付け戸川に但馬(生野)鎮撫を命ずる (詳しく)
11.8−伝奏、朝命2通を容保に渡し、親藩に通知させる。(家)
11.12−慶喜、兵庫に着港/会津藩・新選組、将軍後見職慶喜警護の一員として下坂
11.19−江戸城火事の報が届く。春嶽・宗城・久光、馬を走らせて施薬院の容保を訪ね、将軍上洛を謀る。(家)
11.26−慶喜入京/永井尚志、東下して将軍上洛を説く/幕議将軍上洛を決定 (詳しく)
11.27−容保参内、将軍上洛奏上/秋月悌次郎、長州入京許可の動きに抗議 (詳しく)
12月
12.4−中川宮・容保批判の落書 12.27- 将軍家茂江戸を出立 (詳しく)
12.7−容保ら、慶喜とともに中川宮擁護の奏聞書
12.8−朝廷、浪士取締を厳達
12.13−容保、施薬院から寺町淨花院へ(家譜は16日) (詳しく)
12.19−長州家老、四度目の入京嘆願・朝廷、慶喜と容保に諮問 (詳しく)
12.25−二条城にて初の有力諸侯会議 (詳しく)
12.30−一橋慶喜・松平春嶽(越)・松平容保(会)・山内容堂(土)・伊達宗城(宇)、朝廷参預に任命される(詳しく)

(藩)=会津藩庁記録、(七)=七年史、(家)=会津松平家譜
 (守)=京都守護職始末、(続)=続再夢紀事、(慶)=徳川慶喜公伝


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