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| 管理人より フィクションどころか解説本でも疑問符のつく描写が目立つ御陵衛士。彼らの正確な姿を一人でも多くの方に知ってもらいたい・・・。その一つとして史料集を作りたいとずっと思っていました。今回、三樹三郎のひ孫にあたる鈴木様のご好意により、お宅にある肖像画・写真・文書の写真を数十点撮らせていただくことができました。管理人のくずし字読解能力が低いため、解読作業がなかなか進みませんので、まず写真集から作っていこうと思います。サイトのスペースの関係上、すべてをUPすることはできませんし、かなり縮小したものになってしまいますが、気長にお待ちいただければ幸いです。(史料集は、伊東らの菩提寺である戒光寺さんのご好意で、本堂に置かせていただく予定です)。 写真の転載・転用禁止です 管理人自身が、所蔵者であるご子孫に、手作り史料集のためにとお願いして写真を撮らせていただき、それらを掲載させていただく立場ですので、転載・転用許可は一切出せません。ご理解ください。(不正ダウンロード防止のため、画像にノイズをいれています)。また、悪用されることが怖いので、画像への直接リンクもお断りします。 |
| A 肖像 | (1)伊東甲子太郎肖像画、(2)三樹三郎&鈴木巌氏(三樹三郎孫)の写真 |
| B 書簡 など |
(1)文久元年(推定)7月26日 三木荒次郎書簡(伊東道場について) (2)文久年間? 三木荒次郎年賀状 (3)元治元年10月頃 鈴木こよ宛伊東うめ書簡(伊東上京について) (4)慶応2年(推定)8月4日 鈴木こよ・関家宛伊東甲子太郎・三樹三郎連名書簡 (5)慶応4年1月11日 滋野井侍従・綾小路前侍従宛太政官書簡(赤報隊1:東海道鎮撫総督下に桑名進撃を命ずる書) (6)慶応4年1月13日(推定) 滋野井・綾小路宛太政官沙汰書(赤報隊2:年貢半減令) (7)慶応4年1月26日 綾小路宛太政官書簡(赤報隊3:帰京命令) (8)慶応4年6月 鈴木三樹三郎への軍曹辞令 (9)大正7年11月18日 伊東甲子太郎贈位の沙汰書 (10)大正7年12月11日 鈴木家宛関こと書簡(伊東の生い立ちについて) まだまだ整理中です。 |
| C 詩文稿 | (1)慶応4年7月 「残しおく事の葉草」(悟庵の撰んだ伊東の歌集) (2)明治元年11月18日 伊東らの一周忌に芳野桜陰が詠んだ七言絶句 (3)明治後半? 三樹三郎(推定)和歌草稿 |
| D その他 | (1)明治時代 三樹三郎が仏壇に貼っていた同志の名を書き付けた紙←コピー (2)年代不明 月真院の古地図 |
参考資料欄にサイトのタイトルとURLを明記することなく、他HP・同人誌・商業誌(創作を含む)・
レポート・論文等の参考に資すること、及び無断転載・複写・配布はお断りします。
なお、やおい(エロ)作品への悪用は絶対にしないでくださいm(__)m。
衛士関連での前例が何件かあり、まいっていますのでヨロシクお願いします。
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