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文久3年8月 政変計画案

管理人注:以下は、「近衛家文書」収録の政変計画案というべきもの。薩摩藩士から近衛家に提示されたもののようです。日付等は不明。原文は3部から成ります。すべての番号は便宜的に管理人がつけました。()内も管理人の注釈です。

I
  1. 中川宮とお供が清和院門(=外講東側の裏門。土佐藩が守衛担当)より御所に入る。
  2. 総人数(藩兵)・兵器は蛤門(=外講西側の門。会津藩が守衛担当)より御所に入る。公家門・台所門辺(=唐門・清所門。内講西側。会津藩・淀藩が守衛担当)に未明に参上し、中川宮参内を待ち受ける。
  3. 中川宮参内後、即刻宮門の出入りの沙汰を厳重に命じる。
  4. 列藩に残らず檄を飛ばして召出す。滞京の藩主は即時参内させる。
  5. 中川宮参内後、即刻「正義」の公卿を召し、評議する。会津・薩摩が迎えに行く。
  6. 「暴論」の公家には何も伝えず、その外の参内させる見込みの公家に連絡する。
  7. 浪士の取り押さえは、会津・所司代・両町奉行が受け持つ。支障がなければ薩摩藩も請けること。
  8. 親兵を召し出し、築地内(九門内)警衛を命じる。ただし、勅命を厳重に申し渡し、万一異議のある者があれば、会津・薩摩に征討を命じる。
  9. 「朝議御一洗」の評議は公論を主意とし、私情の振舞をしない。
  10. 寺院・市中取締りはいささかも取り乱さず、公平を旨とする。
  11. 長州の堺町門守衛を免じ、その後は筑前藩に命じる。
  12. 政変が成った後、早々に江戸に事情を報知して後見職一橋慶喜及び老中2-3名に速やかな上京を命じる。その上で、攘夷について評論・決議し、万世動かぬよう修理を建て、沙汰をする。
  13. 暴論を唱え、それを正論と思い込む輩が、公卿へ迫り、国家の重大事に関与する身分ではない卑賤の徒が、朝廷に近づくことは、かえって騒乱を招くので、以後、意見を採用しない。意見のある者は支配頭へ、陪臣は主人に申し立てさせる。序列を越えることは厳重に禁止する。
  14. 洛中・洛外の取締りは、守護職・所司代・町奉行に厳重に命じる。
  15. 人別改めをし、主のない浪士を宿泊を濫りに許す者は厳罰に処し、一人でも京都に足を留めることを禁じる。
II
  1. 中川宮参内の後は、公家門(唐門)以外はすべて閉鎖する、「純正の堂上」は名指しで召し出し、そのほかは一切の参内を差し止める。
  2. 「激家堂上」はこれまで偽勅を取り計らい、諸事強く要求し、叡慮が叶わななかった罪をもって、退職・逼塞させ、他人面会を厳重に差し止める。これら堂上の家に詰めている藩士・浪人はすぐに退去させる。ただし、すべての地下人が堂上家に出入りすることを固く禁じる。
  3. 国事参政・寄人、国事御用掛の役職を一切廃止する。
  4. 在京諸大名・在京重役等に召喚された藩士、留守居役等のほか、京都で用のない藩士は3日以内に京都を引き払わせる。
  5. 浪士と称する主人の無い者・付属先の無い者は3日以内に京都を引き払わせる。
  6. 諸家(公卿)の守衛兵は一切廃止し、彼らを5日以内に引き取るよう、諸藩に達する。
  7. 偽勅を取り計らった堂上は退職・逼塞処分にしたことを、在京諸藩はもちろん諸国まで早速達する。ただし、このとき、朝政改革についても達する。
  8. 伊勢への勅使、九州への攘夷監察使を速やかに呼び戻す。
  9. 召し出す堂上は、近衛前関白父子・二条右大臣・徳大寺内大臣。外にも「有志正義」の方々がいるはず。
  10. 召し出す大名は、因幡・米沢・阿波世子・土佐兵之助(前藩主容堂弟山内兵之助)・淀(=所司代)。
  11. 取り締まるべき者は、松村大成、宮部鼎蔵、真木和泉、丹羽出雲守、久坂義助(=久坂玄瑞)、桂小五郎、佐々木男也、楢崎弥八郎、萩野鹿助、轟木(=轟武兵衛)、増田(=増田右衛門)、川上(=川上弥一)。
III
  1. 松平相模守(=因幡藩主池田慶徳)、松平備前守(=備前藩主池田茂久)、上杉弾正大弼(=米沢藩主上杉斉憲)、松平淡路守(=阿波藩世子蜂須賀茂)、山内兵之助(=前土佐藩主容堂弟)、稲葉長門守(=所司代・淀藩主稲葉正邦)。右は至急召しだす。
  2. (管理人注:原文に名前が欠ける)右暴論家堂上参内を差し止める。
  3. 九門へ召された右の大名並びに家臣は、通常は通行を許された公卿であっても一切通さない。
  4. 御所御門。右は公家門の外、皆閉鎖し、堂上といえども、沙汰のない者は一切参内させない。
  5. 御所内に詰め合いの守衛兵は沙汰を以て引き払わせる。
出所:『維新史』三引用の「近衛家文書」
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