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松平容保へ三度めの宸翰(密勅)
文久4年2月16日

文久4年2月16日、孝明天皇は伝奏野宮定功を通し、再び内々の宸翰を下賜した。しかし、依頼内容がなにかはここでも明かされていなかった。容保らには見当もつかなかったが、依頼がなにであれ、尊奉のが臣下の道であるとして、すぐさま奉答書をしたためた。

★密勅★

またぞろ極密の書状をつかわし候。過日は拙書送り候ところ、返書、逐一熟覧してふかく悦び入り候。ついては、右、依頼の趣意つかわすべくと存じ候ながら、日々と用しげく、寸暇をも得ず、ただいまにいたって、いまだ書き取り得ず候ところ、去る十一日、関白来たりあわせ、承り候ところ、長州の一件につき、その方、副将となるの由、よって、守護職免じ替えを春嶽となすの趣、逐一承り候。はなはだ残懐のいたり。他藩と申し候えども、なにぶん重大の義、天下のことには替えられずと一橋も申し、決定の旨どももももっともの義、なにぶんその方の藩中、兵威よくととのい候より、登用になり候段は賞悦のいたりに候。しかしながら、守護職免じ候段は、ふかく残懐に候。

ついては内尋ね候は、過日の内勅の件件、とても依頼候期とは存ぜず候ながら、出立まではほども候はんもむべながら、周旋を依頼し候からは一両日、あるいは四日五日くらいにあい済み候とも存ぜられず候えば、とてもむつかしきと存知ながら、その方のところ、いかが候や、尋ね候うえ、こと済みの上は、さらに守護職に任の義はなるまじきや。この段、内々申し聞き候あいだ、相含み勘考を依頼し候こと。かつ、前文依頼の件件は、なお復職の上にいたすべきや。際限のほども相分からずや。戦場にも及び候はんやのことがらゆえ、元来重大の事件ゆえ、見通しも相つかず候。なお相談し候こと、くれぐれも復職の段、ふかく入魂しおき候こと。

右二個条、内密に段話し候こと。
なお、返書過日のごとく申し置候なり。秘秘。

別紙にしたため候依頼の義は、守護職とならば重畳ながら、また右役にも限らず候はんにはゆえ、復職にはほどあり候えば、職に任ぜずとも周旋相なるべきや。また、一向、春嶽へ通書いたし試むべきや。なお内密に打ち明け尋ね候えば、腹蔵なく存意を申し聞け、頼み候なり。

同者、いったん依頼し候ことゆえ、その方へ申し聞けおき候。至急、筆にもなりがたく候えば、自然日数も経候はん方々、内密に談じ候こと。右書状は元来厳重の取扱これなく候えば、左承知おき願い候なり。

<出典>『会津松平家譜』(書き下しbyヒロ)

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