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容保擁護と長州入京不可の宸翰
元治元年6月29日

「このごろ世上いよいよ騒がしき由、はなはだもって痛心のことに候。昨年八月十八日の一件、関白初め朕の所存を矯め候にては決してこれなく、かつその後申し出で候件々、各真実に候。偽勅との風説の由に候えども、必々心得違いこれ有るまじきこと。

親征行幸の儀、甚だ好まず候えども、段々差し迫り言上につき、よんどころなく大和行幸申し出候。実は意外の事に候えば、延引申し出候こと。

十八日の一件、守護職の儀ゆえ、肥後守へ申し付け候。同人忠誠の周旋、深念感悦候。決して私情をもって致し候ようにてはこれなく候。その旨、間違え無かるべく心得候こと。

長州人入京の儀は、決して宜しからず事と存じ候。この段も各疑惑無きようのこと」

<ヒロ>
長州をの出願入京の朝議で、禁裏守衛総督一橋慶喜に「諸事委任」の勅を出した後、中川宮を通して慶喜に渡された宸翰です。関連:「今日の幕末京都」「慶喜に長州処分委任の朝命」

出典:『七年史』(読み下しbyヒロ:改行、句読点、漢字の読み替えは任意)

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