高台寺党年表


御陵衛士時代



御陵衛士時代

3月 10 朝廷の武家伝秦より、伊東ら十数名幕府山稜奉行配下御陵衛士を拝命
11 伊東・新井、2ヶ月余の九州出張から大阪着。
12 伊東・新井、昼に淀川を下って帰京。夜に同志と会う。
13 伊東近藤と分離策について会談。了承される。「意の如し」
14 伊東、衛士屯所に三条別館の交渉
15 伊東、京都町奉行大久保主膳、野村左兵衛と分離策について会談。了承される。「また意の如し」
16 稲荷祭福。伊東、両長(近藤・土方)と一酌。
17 伊東、三条別館の交渉を日夜するがうまくいかず。「百計既に成りて此一事を欠く」
18 同上
19 宿舎の周旋
20 伊東ら(新選組屯所を出て)三条城案寺に泊まる
21 五条善立寺に移る
4月 14 田中虎蔵切腹
5月 1 新井、京を出発して九州へ。
5月 11 新井、大宰府へ。東久世・三条・真木・土方と会談。
25 富山、曲直瀬道策を殺害という。
6月 10 新選組総員幕臣取り立て決定。茨木・佐野・中村・富川、伊東を訪ねる。
13 茨木・佐野・中村・富川ら10名、新選組脱退の嘆願書を会津候に提出。
14 早朝、伊東は茨木らと会って
15 佐野・茨木・中村・富川の葬儀
御陵衛士、高台寺塔中月真院に屯所を移す
7月 27 伊東、中岡慎太郎を訪問。
8月 8 伊東・斎藤・藤堂・三樹、建白書を提出(長州寛典)。伊東・新井、京都を出発して大宰府へ。
9 長州品川弥二郎、会津藩邸で謀殺された「過日、十人暇を願、四人は会にて殺され、六人は東下すと云。右六人、復讐の催有之よし」(品川弥二郎日記)
21 伊東・新井、大宰府で真木に面談。
9月 伊東、尾張へ。尾張藩家中と面談。(『秦林親日記』)
10月 9 伊東、近藤の問いに対して陸援隊の武装蜂起計画を認める。
11月 5 新井、江戸に到着し、同志を募集。
10 斎藤、御陵衛士屯所を脱走。(『秦林親日記』)
12 新井、江戸を出発
14 伊東・藤堂、竜馬を訪問して時勢について議論した帰りに、見廻組・新選組が狙っていると忠告するという(西村兼文『新撰組始末記』)。伊東らは坂本・中岡にたびたび忠告し、中岡は一時寓居を変えたが、坂本はきかなかったという
15 <坂本竜馬暗殺される>
16 伊東、坂本の殺害者が現場に残した刀の鞘が新選組のものと証言。衛士ら、土佐藩・薩摩藩に庇護を求めるが謝絶される。
17 御陵衛士、建白書を提出
18 伊東、暗殺される。油小路の闘い。藤堂、毛内、服部戦死。


11月 19 三樹・加納・富山、今出川薩摩藩邸に保護される。阿部・内海、土佐藩邸に拒絶され、戒光寺に。
20 三樹・加納・富山、伏見薩摩藩邸に移る。篠原・阿部・内海、薩摩藩邸に保護される。篠原・新井の妻伊東の妾、薩摩藩邸に。
21 篠原・阿部・内海、伏見薩摩藩邸に。富山、同志募集に出張中の清原・江田・佐原を迎えに行く。
22 新井、四日市で乞食姿の妻に再会。
25 新井、入京し、井上謙三に同志の居所をきき、夜伏見薩摩藩邸へ。篠原の妻、伏見薩摩藩邸に。
28 清原、同志募集に江州・勢州へ。
12月 16 小林啓之助殺害される
18 阿部・内海・佐原、近藤妾宅の沖田襲撃失敗。阿部・内海・佐原・篠原・加納・三樹・富山、近藤襲撃。



<参考>
『京都守護職始末』(平凡社)、『新撰組顛末記』・『新選組覚書』
『新選組史料集コンパクト版』・『新選組日誌上』(新人物往来社)収録の上記史料


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