| ■将軍再上洛 <ヒロ> 板輿の下賜は、将軍参内の際に御所車寄せまでこの恩賜の板輿で乗り通してよいことを意味します。天皇がすぐに勅使を派遣して入京を賀したことといい、優遇ぶりは前回の上洛時と比べるものになりませんでした。京都守護職・会津藩士の松平容保はこのことを伝え聞いて素志貫徹(公武一和の実現)を悦び、感泣したといいます。 参考:『徳川慶喜公伝』3・『七年史』(2001.2.22) 【京】文久4年1月16日(1864年2月23日)、幕府は将軍家茂の諮問に応えられるようにと、前越前藩主・前政事総裁職の松平春嶽に随時登営を命じました。 「御用向御相談可有之候間時々登城候様可被致候」 参考:『続再夢紀事』ニp353(2008.1.17) 関連:■余話「お気の毒さん」だった将軍家茂の初上洛■開国開城「政変後の京都−参与会議の誕生と公武合体体制の成立」■テーマ別元治1「将軍再上洛へ」「朝議参与の動き」 |
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