| 136年前の6月2日(元治元年5月21日)、前日に暗殺された内山彦次郎の斬奸状が、「天下義勇士」の名で大阪と京都に掲示されました。 「この者は長年贅沢におごり、天下をはばからずに非道を行ってきた。ことばたくみに愚民をまどわし、賄賂をとって自分勝手にふるまい、御政道を愚弄している。さらに、昨年から私欲にまかせて(灯油を買い占めたので)物価があがり、万民が困窮している。そこで昨日、天神橋で天誅を加えたものである。同奉行所の八田、大森の両人も一味なので、天誅を加えるつもりであり、物価は一度にさがるだろう。今後、高利をむさぼるものはすみやかに天誅を下すので、早々に改心してひとびとが安心するようにせよ」(現代語訳はヒロ;;) <参考>『新選組日誌上』収録の関連史料(新人物往来社) |