9月の「今日の幕末」 事件:開国:開城(マクロな歴史) HP内検索 HPトップへ
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| 【京】文久3年8月7日(1863年9月19日)、壬生浪士は祇園北林で相撲興行を行いました。前年から大坂力士と京都力士が不仲であったところに浪士が仲介して手打ちをさせ、仲直りのしるしとして大坂力士が京都に出張して興行を行ったそうです。このとき取締りをした壬生浪士は黒の紋付と白縞袴を着用して多数が繰り出し、「ことのほか行儀よろしく」だったようです。 <ヒロ> 壬生浪士は6月、老中格小笠原長行の率兵上陸で騒然となる大坂で、大坂力士と乱闘を起こし、数名を斬殺していますが(こちら)、おそらく、この事件がきっかけで、大坂力士とのつながりができたのではないでしょうか。ちなみに、旭方亀太郎という力士の談話によれば、時期不明ながら、壬生浪士(新選組)は大坂の金満家を知っている大坂力士に案内をさせ、金策をしていたそうです。 この祇園興行は数日続きますが、その間、壬生浪士は京力士(小結)を殺害させ、最後には壬生で礼相撲を開催したようです。(8月9日と12日の「今日」で取上げる予定です)。相当な見入りがあったんでしょうか・・・興行をしきる、対立力士の殺害・・・というのは武士というより、その筋の者という感じがするのですが^^;。 それにしても、この時期、京都政局は攘夷親征がらみで騒然としており、「天誅」も頻発していたのですが、そんなときに尊王攘夷を標榜する浪士集団が相撲興行に熱中するとは・・・。 参考:「菱草年録(松代藩・在京守衛士の片岡春飛日録」(『新選組日誌』引用部分より)、『史談会速記録』(2002.9.17) |